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zoom RSS 世界の軍艦コレクション 長門

<<   作成日時 : 2013/02/11 18:50   >>

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私が一番好きな軍艦です。

艦首部分
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後方部と中央部
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大和と並べてみました。
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大和、赤城、そして長門と発売されてますが、長門の作りはかなり悪い!
艦橋部が曲がったまま接着されていたり・・・。書店でかなり吟味したのですが、見える範囲でしか確認できないからショックです。これでもまだマシなほうで、主砲がありえない方向に曲がってるなんてザラ。
やっつけ仕事で作ってんの!?
1100分の1で本格的な作りが売りだったら、もう少しまじめに作って欲しいもんです。

長門の詳細※大改装後
全 長 :221.2b
全 幅 :34.59b
排水量 :39,120d
馬 力 :82,000馬力
速 力 :25.0ノット
航続距離:16ノットで10,200q

大和型と比較すると大きく見劣りしてしまいますが、建造当時は姉妹艦「陸奥」とともにイギリスのネルソン級2隻、アメリカのコロラド級3隻と併せて『世界のビッグ7』と呼ばれた名鑑です。大和が実戦投入されるまでは、この長門が聯合艦隊の旗艦でした。
真珠湾攻撃の際「ニイタカヤマノボレ」の命令が発せられたのも長門からです。

長門の建設は1919年、イギリスのネルソン級の2隻を1927年に完成させ、主砲数と防御力で長門をを上回りますが、速度では長門にかないませんでした。
その後、当然ながら最新鋭戦艦の建造が進み、長門も呉で魚雷対策を含めた大改装を受けています。
しかしながら、既に戦艦が主力の時代では無く、他の戦艦同様に長門も前線で活躍する機会はそれほど無くなっていたようですね。
そんな長門ですが、自慢の41p砲をぶっ放す機会が訪れます。
※捷一号作戦に参加し、99発主砲と653発の副砲を発射したとのこと。
その後の長門ですが、燃料不足のために外洋には出られず、沿岸防備としてマストや煙突が撤去され、空襲への対抗策として残されます。
1945年7月の空襲で甚大な被害を受けた長門は、そのまま修復されること無く終戦を迎えるのです・・・。

長門の最期
終戦後、長門はアメリカ軍に接収され、詳細な調査後に武装解除→アメリカ核実験の標的艦としてビキニ環礁に向かいます。
・一回目の実験(※空中爆発)
長門は爆心から約1.5キロの位置でしたが、表面が融解したのみで航行に問題ない状態でした。
同じ標的艦だった軽巡洋艦は翌日に沈没しています。
・二回目の実験(※水中爆発)
爆心から約1qの位置でしたが、右舷側に5度の傾斜を生じたのみで、長門は海上に浮かんでいたそうです。
2度被曝しても持ちこたえ、その頑丈さを証明した長門ですが、4日後の朝には海上から姿を消しており、夜間のうちに転覆→沈没したようです。
沈没地点は現在ダイビングスポットとなっており、沈没状態の長門を観ることが可能。
観てみたいですねぇ・・・夢のまた夢ですが。
ちなみに、沈没している状態とはいえ、世界のビッグ7で現存しているのは長門だけ。

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